わたしに踏まれた星とわたしが踏まれた星

ホロスコープ1年生。名前は「蜷(にな)」です。

卑屈さという戦略

自尊心やくざみたいな性質がある。「自尊心やくざ」とはつまり、手持ちの自尊心が少なく、他人からゆすりたかりの手口でそれを脅し取ろうとする輩のことである。それがわたしだ。ひとたび自信が折られるとだいぶ面倒くさいことになるのを自覚しているため、普段からできるだけ自ら選択することを避けるようにしている。

自分で選択をしなければ、少なくとも「わたしがそれを決断した」という責任を負わなくて済むことになる。水瓶座の適職にフリーランスが挙げられることがあるが、わたしに関しては絶対に!絶対に!!自営業を目指すべきではない。雇われ仕事の中で文句言い、のほうが楽ちんだし、性に合っている(それが大人の取るべき態度であるかどうかは置いておいて)。間違いなく、わたしは間違う。おそらく他人はわたしほどは間違わないであろう。相対的な次元で、わたしは他者を信頼している。

仕事で転勤先や部署などの希望を問われると途方に暮れる。ひと所に居たくない、以外の積極的な感情などないのだ。キャリア?スキルアップ水瓶座は将来志向などと誰が言った。わたしの人生のサイコロを、代わりに誰かが振ってほしい。流されてたどり着いた先で、わたしは勝手に運命を感じてときめいている。「ああ、この時期にこの土地に来たのは、第二の故郷としなさいということだな!」と、勘違いも甚だしい。浮草のような生き方だが、それなりに楽しんでいる。うまく行かなかったら、その選択をした他人のせいだ。わたしのミスではないので、わたしが自尊心を傷つけられる必要はなく、開き直って逃げ出せばよい。

小惑星も含め、4ハウスになんら天体がないことも影響しているのかもしれない。居場所、帰るべき土地。わたしにはそもそもそれをつくる動機、あるいは能力もなかった。牡羊座ASCでフライング気味に飛び出して、水瓶座が余所見をしながらほっつき歩いていたら、いつの間にか根っこを引きちぎって、ここまで来てしまった。山羊座支配下にあって、反抗的なくせに組織にぬくぬくと安住し、一方で水サインの不足もあってか凝集性に欠けており、「うるせー!わたしはおまえのルールには乗らない!」と飲み会やゴルフを拒否する。だが、他人の目を気にする小心者でもあり、ふとした折りに「こんなことばかりしていて大丈夫だろうか」と不安になるときもある。

わたしの天体は1〜2室、9〜12室に集中している。わたしはほんとうは誰に認められたいのか、わからなくなってしまう。わたしにとっての「社会」に顔がない。一対一の個人的なコミュニケーションの次元を飛び越して、複数の他者と出会うネットワークの中で承認されたいとあがいている。だからこそ、「すべての人の目」が気になる。

「わかっている」と言いたい。誰かが指摘するわたしの欠点も悪癖も何もかも。「わたしもわたしのこういうところがクソだと思ってたよ!」と相手にかぶせるくらいの勢いで言い返して、他者による評価の下に、自己評価を滑り込ませたい。下手(したて)を常に取り続けることによって、「少なくともわたしはあなたよりもわたしがダメなことを知っている」という身振りを固持したい。いったいこれはどういう塹壕戦なのだろう。

他人との距離が縮まると不安になるのは、こうした卑屈な自分を見抜かれる思いがするからだ。わたしはわたしの犯罪の証拠を隠し持っている。人生を、逃げおおせたい。それなりに楽しんでいる、というのは強がりでもあり、本音でもある。スリラー映画のような楽しみ方ではあるけれども。